出産に対する考え方は人それぞれでです。しかし誰にも共通する思いは2つにまとめられるものと思います。それは安全性と快適性です。
安全性とは、母児が健康に出産を向かえなおかつ無事に出産すること、また産後も健やかにすごせることです。そのために我々医療機関ができることは、1)母児の状態を常に把握しておくこと。2)正しく診断し、判断し対処すること。そのために最新の医療機器や設備は手助けになり、スタッフによるマンパワーも当然必要です。スタッフとは医師、助産師、看護師、事務職員すべてをさしますが、当院ではその連携を大切にしています。
快適性とは、出産を病気としてとらえるのではなく、なるべく自然な形で快適に迎えたいという願いから重要になってきます。通常分娩を間近にひかえた時に、妊婦さんは極度に緊張が高まってきます。それを少しでも和らげることは分娩を無事に終えてなおかつスムーズに育児にとりかかれるためにも必要なことかと思います。産後に個室でゆっくりできること、エステのサービスを受けてリラックスすること。おいしくてとバランスのとれた食事をとることは快適性を実現することにつながります。
当院では、産婦さんとを一人一人を大切にしそのかかわりを密にとることや種々のサービスを提供することで、安全性や快適性を実現する努力をしています。
最後に、私の中で今でも想い出深い産婦さんとのかかわりを書いた文章をお示しします。約10年前に奈良県の病院にいたころに書いたものです。
産声(うぶごえ)
以前から、「先生はどうして産婦人科医になったのですか?」という質問をよく受けます。私が産婦人科を選んだ理由は、「生命の誕生」の場面に立会いその手助けをしたいと思ったことと、「体力に自信」があったからです。無論その気持ちは今も変わらないのですが、最近は母性の尊さに心が強く引かれることが多く、この仕事をしていて良かったと思うのです。 妊娠の多くは問題なく経過し、自然分娩で普通に出産される方が大半です。しかし、時には流産や死産など望まない結果を招くこともあります。また不妊症や不育症のために治療を受けておられる方も増えています。行政が治療費の補助などの対策に乗り出しているのは喜ばしいことです。
ある妊婦さんは、第1子を分娩予定日直前になくされました。ある日、自宅で胎動の減少に気づいたものの、病院に着いたときには既に胎児はなくなっていました。死亡の原因は不明ということでした。 今回の健診出産は当院でされることになりました。妊娠初期から患者さんや家族の方の不安は強いものでしたが、なんとか臨月まで無事にたどり着きました。そして陣痛が訪れ順調に出産に至りました。すると直後に患者さんが大きく叫んだのです。「赤ちゃん、赤ちゃんは大丈夫ですか?」その言葉を聞きながら出生直後の児の処置にあたっていた私にとって、最初の産声を聞くまでの時間はとてもとても長く思えました。特に苦労してやっと出産にまでたどり着けた患者さんに対しては、「おめでとう」や「よく頑張りましたね」などの言葉では表現できないような奥の深い感慨がこみ上げてくるものです。どんな親にとっても子供は大切なものですし、それぞれの家族で喜び方は様々です。ただ、出産に至るまでの苦労が大きければ大きいほど、我々にとっても、得られる充足感と安堵感は大きくなり、それをやり遂げた妊婦さんをねぎらう気持ちも一層強いものになります。
人が母性を持つようになるのは、おそらく妊娠が判明したころからでしょうか。あるいは、妊娠を希望した段階でも既に母性は芽生えているかもしれません。その母としての気持ちを育むための手助けをすることが我々の責務であり、常に最善の結果を目指して診療にあたらなければなりません。 産婦人科医になった理由を聞かれるたびに、この仕事の素晴らしさを懸命に説明している自分に気づくのです。
平成15年 記す